CDや本が売れなくなってきた件

* blog  posted at 18:07 / 2010年4月 2日

1曲しかなければその1曲を大事にくり返し聴く。

10曲しかなければその10曲を大事にくり返し聴く。

だけど1000曲が小さなボディにまるっと収納されて、
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いつでもどこでも気軽に聴けるとなったら、
もうどの1曲もたいして大事じゃなくなる。

たいして大事じゃない1曲は、
それが1000個あってもたいして幸せじゃない。

大人になった時にそのことに気づいた。

一ヶ月のお小遣いを全部使って買った
一枚のアビーロードを
学校サボって一日中聴きながら、
「レコード店がまるごとわたしのものだったらいいのに」と思ってたけど、
大人になって自分の収入でレコードを10枚とか一気に買うと、
聴き方も感じ方もイイカゲンになって、
結局一ヶ月に一枚しか買えなかった時より不幸せな感じになった。

だけど、幸福感を味わうために、
便利 → 不便
贅沢 → 質素
この逆行ができる人はなかなかいない。
わたしもできない。不幸だとわかってても。

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紙の本が大好きで、
紙で読むのとディスプレイで読むのでは
脳の入るとこが明らかに違う!
と思っている紙信奉者のわたしでも、
本屋さんで本を買いあさることをしなくなった。

だって家が倉庫みたいになっちゃうんだもん。

ダンボール10箱単位で何度売っても、
また同じだけ増える。
ほとんどの本は二度三度読み返したりしないのに、
死骸ーだけがふえーていくー
わたしーの部屋の中にぃぃーーーーー

たぶんiPadはむちゃくちゃ便利だろう。
旅の時も、重い本を何冊も持っていく必要ないし。
家も狭くならないし。
本を読む楽しみは激減するだろうけど、
それでも便利には勝てず、
みんなその手のもので本を読むようになるんだろう。

今までの時代の流れを見る限り、
確実にそっち方向にいく。
わたしも。

データ売りになったら、当然それだけではすまなくなって、
絵が動いたり、音が出たり、
読者が展開を選択できるようになったりして、
ゲームとの境界線がなくなって、
文章だけの作品は「素材」扱いされるようになっちゃうかも。

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低い方へ低い方へ、
楽しくてキャッホーで不幸な方へ、
みんなで雪崩をうつように落ちていく。
わたしも。

考えてみればアナログ盤がCDになった時に、
もうそれは始まっていた気がする。
CDって、物としての魅力に欠ける気がする。
紙ジャケとか頑張ってるけど、
重く冷たく、黒光りする大きなアナログ盤を
ジャケットから取り出した時の
「ああ! 新しいアルバムだあ!」
という感動はなく、
最後まで聴かなくてもまいっかー
という気軽さがつきまとっている。
大事にされない女になっちゃダメよって
あれほど言ったのに。
と言われてしまう女のように。

なにこの愚痴っぽい文章。

暗い雰囲気にならないためにですね、
BGMは(各自脳内で)スーダラ節かなんかで
ひとつよろしく。
124649!